記事監修:藤田かつとし先生(CPDT-KA)
この記事は、動物福祉(アニマルウェルフェア)に基づいた科学的ドッグトレーニングの専門家、藤田かつとし先生にご監修いただきました。
藤田かつとし先生プロフィール
1999年、山口県萩市でトリミングサロンを開業。動物愛護活動を通じて「不幸な動物を減らすには?」という課題に向き合い、ドイツ・ベルリンへ渡航。そこで、日本とドイツにおける犬との暮らし方の違いに衝撃を受け、「叱らないトレーニング」の重要性を学ぶ。2017年に犬の保育園&トレーニング施設「Happy Wan 山口」を開設し、世界基準のドッグトレーナー資格「CPDT-KA」を取得。応用行動分析学(ABA)に基づき、叱らずに「良い行動を引き出す」トレーニングを実践し、飼い主と愛犬が楽しく暮らせる環境づくりをサポートしている。
~「アルバート坊や」の実験から考える、わんちゃんの心のケア~
「こら!」「ダメ!」
愛犬がイタズラをしたり、吠え続けたりしたとき、大きな声で叱ったり、音を立てて驚かせたりすることはありませんか?「一瞬でやめるから、効果アリ?」と思うかもしれません。でも実は、それがわんちゃんの心に長く続くストレスを与えているかもしれないのです。
今回は、わんちゃんのしつけと「恐怖の学習」の関係について、ちょっと怖いけど重要なお話をします。昔の心理学実験「アルバート坊や」のエピソードをもとに、わんちゃんの心の動きを一緒に考えてみましょう。
1. 叱られたら、なぜ犬は静かになるの?
「イタズラしたら大きな音を出す」「吠えたらすぐに叱る」
こうしたしつけをすると、わんちゃんは一旦おとなしくなります。
これはなぜか?
**単純に「びっくりしたから」**です。
大きな音や怒鳴り声に驚いて、反射的に動きを止めるだけ。でも、この方法を繰り返すうちに、こんなことが起こりませんか?
- 叱らないとやめなくなる
- どんどん強く叱らないと効果がなくなる
- 愛犬が怖がりになった気がする
これは「不安や恐怖の学習」が関係しています。次に、ちょっと衝撃的な実験の話をしましょう。
2. 「アルバート坊や」の実験とは?
今から100年以上前、アメリカの心理学者ワトソンとレイナーは、「恐怖は学習されるのか?」を調べるために、生後9か月の赤ちゃん・アルバート坊やを使った実験を行いました。
🔬 実験の流れ
🔹 Step 1:最初の状態
アルバート坊やは、以下のものを見ても何の反応も示しませんでした。
- 白いネズミ
- ウサギ
- 犬
- 毛のついたお面
🔹 Step 2:恐怖の学習
アルバート坊やに白いネズミを見せるその瞬間、背後で鉄棒をハンマーで叩き、「ガンッ!」と大きな音を鳴らすびっくりして泣くこれを何度か繰り返しました。
すると、音が鳴らなくても、白いネズミを見ただけで泣くようになったのです。
🔹 Step 3:恐怖の広がり
さらに驚くことに…ウサギ、犬、毛皮のコート、白いフワフワしたもの全般に対しても恐怖を感じるようになったのです。
この実験から、
- 恐怖は一度学習されると、どんどん広がる
- 一度ついた恐怖心は長く残る
ということが分かりました。
3. 「叱るしつけ」がわんちゃんに与える影響
わんちゃんがイタズラをしたときに、大きな音を出して叱ったとします。そのとき、わんちゃんは何を見ていて、何を感じていたでしょうか?
- 近くにあった家具やおもちゃ
- 飼い主さんの表情
- その場のニオイ
- 周囲の音
これらと「恐怖の経験」が結びついてしまうことがあります。
例えば、こんな事例がありました。
ある飼い主さんが、大型犬の引っ張り癖に困っていました。ある日、散歩中に耐えきれず大声で叱った瞬間、たまたま近くにいたカラスが飛び立ったのです。すると、その日を境に…わんちゃんはカラスを見つけるたびに吠えるようになってしまいました。
「叱る」=「恐怖」が「カラス」と結びついてしまったのです。
アルバート坊やの結果でも示しているように、恐怖や不安は間接的に広がりを見せます。生き物は危険を察知できなければ生き残ることができません。
強い恐怖は、たった1回の経験で条件づけられてしまうのです。だからこそ、ワンちゃんにとって飼い主さんは「守ってくれる存在」であってほしいと願います。