散歩だけじゃ満たせない“隠れた欲求”を科学的な視点から読み解く
散歩に行っているのに、なぜか落ち着かない。
吠える、興奮する、家の中でそわそわしている──。
「もっと歩かせなきゃ」と焦っていませんか? 実は、「15分の脳を使った発散(頭脳労働)」は、1時間の散歩に匹敵するほどの満足度があると言われています。
しかし、犬が満たされたいと思っているのは、頭脳労働だけではありません。
犬たちには、嗅ぐ・動く・考える・つながる・噛むといった、いくつもの大切な欲求があります。どれもが “犬らしく暮らすために欠かせない力” です。
そして大切なのは、これらの欲求を バランスよく満たすこと。そうすることで、犬は少しずつ心が満たされ、落ち着けるようになっていきます。
では、犬が本当に必要としている “5つの欲求” とは何なのか。そして、散歩だけでは満たしきれない “隠れた欲求” とは——?

記事監修:藤田かつとし先生(CPDT-KA)
この記事は、動物福祉(アニマルウェルフェア)に基づいた科学的ドッグトレーニングの専門家、藤田かつとし先生にご監修いただきました。
藤田かつとし先生プロフィール
1999年、山口県萩市でトリミングサロンを開業。動物愛護活動を通じて「不幸な動物を減らすには?」という課題に向き合い、ドイツ・ベルリンへ渡航。そこで、日本とドイツにおける犬との暮らし方の違いに衝撃を受け、「叱らないトレーニング」の重要性を学ぶ。2017年に犬の保育園&トレーニング施設「Happy Wan 山口」を開設し、世界基準のドッグトレーナー資格「CPDT-KA」を取得。応用行動分析学(ABA)に基づき、叱らずに「良い行動を引き出す」指導を実践。2025年より「犬の保育園 ハッピーランドハレルヤ」園長に就任。科学的根拠に基づいたアプローチで、飼い主と愛犬が心から楽しみ、幸せを感じられる環境づくりをリードしている。
1|犬の発散には「5つの柱」がある

── 嗅ぐ・動く・考える・つながる・噛む。それぞれが“心の栄養”
犬の発散は、次の5つの欲求で構成されています。
- 嗅覚の発散(前回記事で紹介)
- 身体の発散(運動)
- 脳の発散(知的刺激)
- 社会的な発散(人・犬・環境とのつながり)
- 咀嚼(噛む欲求の発散)
これらは独立しているように見えて、実は深くつながっています。
ひとつが満たされないと、別の行動で補おうとしたり、ストレスが溜まりやすくなるのです。
2|身体の発散:ただ歩くだけでは疲れない理由

── “量”ではなく“質”がカギ
犬はもともと持久力に優れた動物。そのため、長く歩けば疲れるわけではありません。
大切なのは、散歩の質とメリハリです。
▼運動の質を上げる方法
- 芝生・土・砂利など“足裏の感触”にバリエーションを持たせる
- 無理のない範囲で階段や軽い坂道を取り入れる
- ロングリードで自由に動ける時間をつくる
特にロングリードは、犬が「自分のペースで歩ける」ためストレスが下がり、引っ張りの改善にもつながります。
3|脳の発散:知的刺激は“最強の疲れ”を生む

── 15分の頭脳労働は、1時間の散歩に匹敵する
実は、身体の運動より「脳を使う」ほうが、エネルギーを大量に消費し、心地よい疲れを生みます。
- 新しいトリックの練習
- クリッカートレーニング
- 宝探しゲーム
- 問題解決型の知育トイ
- 家の中での小さな探検
こうした行動は満足度がとても高く、短時間でもしっかり“心の疲れ”をつくります。
特に、
- 雨の日
- 多頭飼いで散歩が難しい日
- シニアで長時間歩けない日に役立ちます。
4|社会的な発散:犬が求めるのは“遊び”だけじゃない
── 観察・匂い・音も大切な刺激
社会的な発散とは、犬同士が遊ぶことだけではありません。
- 外の音を聞く
- 人の動きを観察する
- 新しい匂いを感じる
- 初めての場所を歩く
- 道ゆく人や犬の気配を感じる
これらもすべて、犬にとって重要な社会的刺激です。
ただし、刺激が強すぎると逆にストレスになるため、その子に合わせた“ちょうどいい量”に調整することが大切です。
5|噛む発散:噛むことは“感情調整そのもの”

── 不安が強い犬ほど必要な時間
犬にとって「噛む」行動は、
- ストレスを下げる
- 気持ちを落ち着かせる
- 自己調整する
というとても重要な役割を持ちます。
▼噛む発散におすすめ
- 丈夫なオモチャ
- コングなどにフードを詰めた知育トイ
- 安全なガム類
若い犬や不安が強い犬ほど「噛む時間」が必要です。噛む=心を整える、と考えてあげてください。
6|シニア犬の発散は「ゆっくり+頭を使う」が最適解
── 無理なく満たされる時間を
年齢を重ねるとどうしても、
散歩距離が短くなり、遊び時間も減っていきます。
しかし、シニアにはシニアの満たされる発散があります。
- ゆっくり匂いを嗅ぐ散歩
- ノーズワークマットでの探索
- 床にフードを少量まいて探すサーチ遊び
- 軽いトリック(鼻タッチなど)
- 咀嚼によるリラックス
どれも負担が少なく、むしろシニアこそ“嗅覚の楽しさ”が深まる時期でもあります。
7|発散不足はどう行動に現れる?(よくあるサイン)
── それは“問題行動”ではなく“満たされていないSOS”
発散が不足すると、次のような行動が出やすくなります。
- 引っ張り
- 無駄吠え
- 落ち着かない
- 興奮しやすい
- 破壊行動
- 噛みつき
- 要求行動が止まらない
これらは性格の問題ではなく、「欲求が満たされていない」というサインであることがほとんどです。
適切に発散が整うと、驚くほど行動が落ち着くことがあります。
8|結論:発散は“量”ではなく“設計”

── その子に合う“組み合わせ”が大切
毎日長時間の散歩をする必要はありません。
必要なのは、その子の性格・体力・月齢・環境に合わせた“発散の組み合わせ”をデザインすること。
- 鼻を使う
- 頭を使う
- 噛む
- 歩く
- 社会とつながる
- 休む・寝る
このバランスが整うと、犬は心から落ち着きます。
最後に──“頑張りすぎない発散”で、犬も人も心地よく
特別なことをしなくても、家の中でも満たせる発散はたくさんあります。
大切なのは、飼い主さんが無理をしすぎないこと。
愛犬が心地よく、あなたもラクに続けられる発散。
そんな“ウェルビーイングな毎日”を一緒につくっていきましょう。