【犬の保育園⑤】唸る・逃げる・噛むのはなぜ?「3つのF」と犬の防衛反応【犬のしつけ新常識 Vol.22】

犬のしつけ新常識

「最初はブラシを見せるだけで固まっていたのに、最近はウチの子、触ろうとすると噛むようになって……」前回の記事では、犬の警戒心が「似たもの」へと広がっていく『般化(はんか)』についてご紹介しました。今回は、犬が不安や危険を感じたときに見せる拒絶のステップ「3つのF」と、その裏にある犬の防衛反応についてお話しします。

記事監修:藤田かつとし先生(CPDT-KA)

この記事は、動物福祉(アニマルウェルフェア)に基づいた科学的ドッグトレーニングの専門家、藤田かつとし先生にご監修いただきました。

藤田かつとし先生プロフィール

1999年、山口県萩市でトリミングサロンを開業。動物愛護活動を通じて「不幸な動物を減らすには?」という課題に向き合い、ドイツ・ベルリンへ渡航。そこで、日本とドイツにおける犬との暮らし方の違いに衝撃を受け、「叱らないトレーニング」の重要性を学ぶ。2017年に犬の保育園&トレーニング施設「Happy Wan 山口」開設。世界基準のドッグトレーナー資格「CPDT-KA」を取得。応用行動分析学(ABA)に基づき、叱らずに「良い行動を引き出す」指導を実践。2025年より「犬の保育園 ハッピーランドハレルヤ」園長に就任。科学的根拠に基づいたアプローチで、飼い主と愛犬が心から楽しみ、幸せを感じられる環境づくりをリードしている。

保育園って何するところ? その5:「3つのF」と犬の防衛反応

【よくあるご質問・お悩み】
「最初はブラッシング中もおとなしくしていたのに、だんだんブラシを見ただけで逃げるようになり、今では触ろうとすると唸ったり噛もうとしたりします。どうしてこんなに攻撃的になってしまったのでしょうか?」
実はこれ、犬が追い詰められたときに見せる「防衛反応」の典型的なステップなのです。

犬は「嫌なこと」から逃れようとしている

犬は、不安や嫌悪、危険を感じたとき、「そこから逃れるための行動」を取ります。
その代表的な反応が、以下の3つです。

  • 固まる(Freeze)
  • 逃げる(Flight)
  • 闘う(Fight)

これらの頭文字を取って、ドッグトレーニングの世界では「3つのF」と呼ばれています。犬の行動を理解するうえで、とても大切なキーワードです。

ブラッシングを例にみる「行動の変化」

例えば、「ブラッシングや歯みがきをしようとする」という日常の場面。よくあるお悩みの流れとして、以下のような変化があります。

  1. 最初は大人しくやらせてくれていた(ように見えた)
  2. そのうち、ブラシを見ただけで逃げるようになった
  3. 最終的に、唸ったり噛みつこうとしたりするようになった

実際にはもっと細かい段階やパターンがありますが、分かりやすくするとこのようなグラデーションを辿ります。これを「3つのF」に当てはめて解説していきましょう。

■ステップ①:最初は「固まる(Freeze)」

初期の段階では、犬は「何をされるのか分からない」ため、とりあえずその場でじっと固まっていることがあります。これが Freeze(固まる) です。

一見すると「大人しくやらせてくれている良い子」のように見えることもあります。しかし実際には、ただ驚いてフリーズしているだけ、怖くて動けないだけというケースが少なくありません。

■ステップ②:次に「逃げる(Flight)」

その後、何度か経験を重ねる中で、犬が「ブラシ=これから嫌なことが起きる前触れだ」と学習すると、今度はその場から逃げ出そうとします。これが Flight(逃げる) です。

  • ブラシを見た瞬間に、サッと離れる
  • ハミガキの準備を始めると、ケージや机の下に隠れる

こうした行動は、飼い主さんを困らせたいわけではなく、犬にとって「嫌だから避けたい」という非常に自然で正常な自己防衛反応です。

■ステップ③:逃げられないと「闘う(Fight)」

しかし、逃げているのにもかかわらず無理に続けられたり、抱っこでホールドされて逃げ場がなくなったりすると、犬は最後の手段として Fight(闘う) を選択します。

  • 低く唸る(うなる)
  • 歯を当てて警告する
  • ガブッと噛みつく

ことわざに「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」という言葉がありますが、犬も全く同じです。追い詰められた結果、残された手段が“闘う”しかなくなってしまった状態なのです。

「噛めば終わる」という誤った成功体験

ここで、犬の心の中には大きな学習(誤解)が生まれてしまいます。それは、「闘えば、この嫌なことを回避できるんだ!」という成功体験です。

もし犬が噛んだ瞬間に、人が驚いて手を離したり、その日のブラッシングを諦めてくれたりしたら、犬にとっては「噛んだら嫌なことが終わった(解決した)」という強力な経験になります。すると学習の法則により、次回からは「最初から手っ取り早く噛む」という行動が出やすくなってしまうのです。

■無理やり続けることで起きる弊害

さらに、「噛まれてたまるか」と厳しく押さえつけたり、力づくで無理やりお世話を続けようとすると、犬の警戒心はさらにエスカレートします。

  • 人の手が近づくだけでウゥーと唸るようになる
  • 顔周り、足先、体への接触そのものがすべて苦手になる

このように、飼い主さんとの関係性や、体に触れられること自体に強い警戒心を抱くようになっていくケースも少なくありません。

さらに深刻な状態:「学習性無力感」とは

そして、逃げることも闘うことも許されず、ずっと苦しい状態が続き、犬が「何をしてもこの苦痛から逃れられない」と絶望し、学習した先には、もっと深刻なメンタル状態が待っています。
それを専門用語で、「学習性無力感(がくしゅうせいむりょくかん)」といいます。

■一見「いい子」に見える落とし穴

これは、人間でいう“うつ状態”に近いものです。何に対しても無気力になり、抵抗する反応すら示さなくなります。

すると周囲からは、

「やっと落ち着いてブラッシングさせてくれるようになった」
「我が家のおねだりを聞いて、いい子になった」

ように見えることがあります。しかし、実際には心が傷つき、苦しさから逃れるために感情を“無”にしているだけの場合があるのです。

極端に従順に見える行動も、実は「怒られないため」「怖い思いを避けるため」に身につけた、悲しい防衛策かもしれません。もちろん全てがそうとは限りませんが、“表面的な行動(おとなしい=お利口)だけでは、犬の本当の心の内は分からない”ということは、私たち人間が絶対に知っておくべき大切な事実です。

なぜ、私たちは「直接罰」を使わないのか

私たちがドッグトレーニングにおいて、叱責や痛みを伴う方法(直接罰)を一切使わない理由のひとつが、まさにここにあります。

犬の行動だけでなく、その裏側にある「感情」や「学習のメカニズム」に目を向けると、「なぜ今、その行動が起きているのか」が必ず見えてきます。愛犬の困った行動は、“ただ力で抑え込めばいい”という単純な話ではないのです。

■最後に

ブラッシングやお手入れの最中、愛犬の体がピキッと固まったり、逃げようとしたりしていませんか? それは「3つのF」の危険信号かもしれません。愛犬が「闘う(噛む)」ことを選ばざるを得なくなる前に、ぜひその小さなサインをすくい上げて、無理のない優しいアプローチを始めてあげてくださいね。

まだまだ、つづく。


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