そして、HANAとの暮らしが始まった。
最初は、正直どうしていいかわからなかった。
初日、足に噛みつかれる。
痛い。
落ち着かない。
おしっこをいろんな場所でする。
思い通りにいかない。
「これ、どうなるんだろう」
毎日そんな状態だった。
でも、目の前で起きたことに、私は驚いた。
トレーナーの先生が、
「HANA」
と呼ぶ。
するとHANAは、すっと先生の元へ行った。
「おすわり」
と言われると、自然に座る。
私は本当に驚いた。
「え、なんで?」
犬って、怒って言うことを聞かせるものだと思っていた。
でも、先生のトレーニングは違った。

パピーの頃のHANA
初めて知った、“犬にも心がある”ということ
それは、厳しく抑えつけるようなしつけではなかった。
犬に無理をさせない。
でも、ちゃんと伝える。
アニマルウェルフェアの考え方に基づいたトレーニングだった。
「グッド」
先生は、HANAができた瞬間、すぐに褒める。
そのタイミングが、本当に自然だった。
怖いから抑えるのではなく、
力で従わせるのでもない。
向き合いながら、少しずつ信頼を作っていく。
私はその時、初めて思った。
「ああ、犬って、ちゃんと心があるんだ」
私はその瞬間、
「この先生に任せよう」
と確信した。
そして、
“せっかく来てくれた命だから、ちゃんと向き合おう”
と腹をくくった。
一緒に話を聞いていた、会社のパートナーでもある副社長も驚いていた。
犬が大好きな人だったので、ロットワイラーというと、どうしても警察犬のようなイメージが強かったらしい。
厳しく訓練する。
ビシッとコントロールする。
そういう世界を想像していたという。
でも、この先生はまったく違った。
犬を押さえつけるのではなく、犬を見ている。
「HANAがどうなっていくか、逆に楽しみですね」
副社長はそう言った。
その言葉を聞いて、私も少し安心したのを覚えている。

パピーの頃 副社長とHANA
「犬の保育園??」
そもそも私は、犬のことを何も知らなかった。
だから最初は、
“犬って、訓練所に預けるものなんじゃないの?”
くらいのイメージだった。
でも、友人が紹介してくれたのは、“訓練所”ではなかった。
「犬の保育園」
だった。
私は最初、本当に意味がわからなかった。
「え?? 犬の保育園??」
「そんなのあるの??」
「どういうこと??」
と思った。
話を聞くと、毎日預けるわけではないらしい。
「パピーの頃が一番大事なので、週に2回くらいがベストです」
と先生は言った。
毎日だと、犬も疲れる。
朝預けて、散歩へ行ったり、遊んだり、トレーニングをしたりして、夕方迎えに来る。
そして、保育園だけで終わるのではなく、飼い主自身も学び、家で実践することが大事なのだという。
私はその話を聞いて、ものすごく救われた。
何もわからない私ひとりではなく、
“HANAと本気で向き合ってくれるプロがいる”
という安心感。
それはもう、神様みたいな存在だった。
今思えば不思議なのだが、記者の仕事をしていた私でさえ、山口市に「犬の保育園」があることを知らなかった。
しかも後から聞くと、その先生は、日本でもまだ珍しかった“アニマルウェルフェア”の考え方を、山口から広めている第一人者だった。
ドイツでは比較的当たり前になっている、
“犬を管理する”のではなく、
“犬の幸せや本能を理解しながら共に暮らす”
という考え方。
私はその時、初めて「アニマルウェルフェア」という言葉を知った。
でも、直感的に思った。
「ああ、絶対にこれからの時代は、こっちになる」
と。

「ちゃんとしなきゃ」から、少し自由になれた
先生の話を聞いて、さらに救われたことがあった。
「お散歩の時間も、毎日きっちり同じじゃなくて大丈夫ですよ」
私はその言葉にも驚いた。
犬を飼うということは、
“毎日完璧にやらなければいけない”
と思い込んでいたからだ。
でも先生は、
「野生では、毎日同じ時間に何かが起きるわけじゃないですからね」
と言った。
それを聞いて、すごく気持ちが楽になった。
仕事が忙しくて、夜11時から散歩へ行く日もある。
留守番が長くなってしまう日もある。
申し訳ないと思うこともある。
でも、その分、一緒にいられる時間はちゃんと楽しむ。
そして週に数回、保育園へ行く。
保育園の日は、お散歩を少し休めたり、部屋を掃除できたり、私自身も助けられていた。
“犬を飼う”ことが、少しずつ日常になっていった。

HANAは、頭を使うのが好きだった
保育園へ行った日のHANAは、明らかに満たされた顔をしていた。
やっぱりロットワイラーは、頭を使うのが好きなのだと思う。
先生のトレーニングも、本当に面白かった。
ヘルメットにサングラスのおじさんが出てきたりする。
しかも、棒をゴルフみたいに振っている。
その横を、落ち着いて歩く練習をする。
私は最初、
「これ、意味あるの?」
と思った。
でも後日、普通に散歩中の工事現場で、まったく同じような人に遭遇した。
「あっ!! 本当にいた!!」
と思った。
先生、すごい。
と本気で思った。
でも、一番感動したのは、トイレトレーニングだった。
最初の頃のHANAは、家のいろんな場所でトイレをしていた。
私は毎日、
「もう無理……」
と泣きそうだった。
でも先生にやり方を教わり、その通りに続けた。
すると、今では100発100中。
本当に失敗しない。
私はそこで初めて、
“犬に教える”
というより、
“犬が理解しやすい伝え方がある”
のだと知った。
このアニマルウェルフェアの考え方は、本当にすごいと思う。

「犬にとって、人の手は“口”みたいなもの」
先生が、ある時こんな話をしてくれた。
「犬からしたら、知らない人に急に頭を撫でられるって、キングコングに頭を触られるようなものなんですよ」
それを聞いた時、私は妙に納得した。
たしかに、怖い。
さらに先生は、こう続けた。
「犬は、手のひらと手の甲をちゃんと見分けています」
犬にとって、人の“手”は特別なものなのだという。
ごはんをくれる手。
撫でてくれる手。
安心する手。
でも同時に、
叩かれる手。
怒られる手。
怖い思いをした記憶。
そういうものも、ちゃんと覚えているのだと。
一度でも“手は怖いもの”と覚えてしまうと、それが噛みつきにつながることもある。
私は、その話をHANAが小さい頃に聞いた。
だから今まで、一度もHANAを叩いたことがない。
本気で怒鳴ったこともない。
もちろん危ない時は止める。
でも、“恐怖で抑える”ことだけはしたくなかった。
だからだろうか。
HANAは、手を嫌がらない。

人に撫でられても嫌がらないHANA
むしろ、“手はいいもの”だと思っている気がする。
今では、歯磨きも普通にさせてくれる。
顔を触っても、耳を触っても、口を見ても怒らない。
大型犬だからこそ、これは本当に大事なことだと思っている。
信頼は、たぶん、こういう小さな積み重ねでできていく。
私はHANAと暮らして、“犬をコントロールする”より先に、“安心させる”ことの大切さを知った気がする。

お手入れのトレーニングをしているHANA
HANAは大丈夫。でも、他の犬はまだ怖かった
HANAと暮らし始めても、私はすぐに“犬好き”になれたわけではなかった。
周りからは、
「大型犬を飼っている人」
と思われるようになり、小さな犬たちも自然と近づいてくるようになった。
でも正直に言うと、
HANAは大丈夫でも、他の犬はまだ怖かった。
小さな犬でさえ、自分から近づくことはできなかった。
変わり始めたのは、去年の5月頃だったと思う。
ゴールデンレトリバーを見て、「かわいい」と思った
ある日、商店街を歩いていた。
すると前から、ゴールデンレトリバーが歩いてきた。
小さな歩道だった。
昔の私なら、完全に避けて通っていたと思う。
でも、その日は違った。
「あ、かわいい」
自然にそう思った。
怖くなかった。
むしろ私は、自分からそっと手の甲を差し出していた。
昔の私なら、絶対にできなかったと思う。
知らない犬に、自分から手を出すなんて。
でもその日、私は自然にそうしていた。
ゴールデンレトリバーは、静かに近づいてきて、少しだけ匂いを嗅いだ。
その瞬間、不思議なくらい怖くなかった。
私は、自分で自分に笑ってしまった。
「私、こんなふうに変わるんだ」
と。

「犬が苦手な人」の気持ちがわかる
私は、もともと犬が苦手だった。
だから今でも、犬が怖い人の気持ちがわかる。
犬好きの人には、なかなか理解されにくいかもしれない。
でも、“苦手”には理由がある。
急に近づかれるのが怖い人もいる。
大きな声で吠えられると緊張する人もいる。
だから私は、HANAと散歩をしていても、前から人が来ると自然と気になる。
怖がっていないかな。
大丈夫かな。
もし昔の私だったら、きっとロットワイラーは怖かったと思うから。
だから、できるだけ道を譲る。
できるだけ怖く見えないようにする。
それは、“犬を飼っている側のマナー”というより、昔の自分がそこにいるからなのかもしれない。
「怖い犬しか知らなかった」
今年の春。
実家の近くに住む友人の家へ、久しぶりにイノシシの肉をもらいに行った。
そこには、昔と変わらない猟犬たちがいた。
外につながれ、ずっと吠えている。
筋肉質で、張り詰めた空気をまとっていて、やっぱり少し怖かった。
でも、その時の私は、昔とは少し違っていた。
「どうして吠えているんだろう」
「何を伝えようとしているんだろう」
気づけば、私は犬たちの前に立ち続けていた。
3匹いた猟犬たちは、それぞれ少し違って見えた。
1匹は、どこか好意的に見えた。
もう1匹は、明らかに警戒していた。
そしてもう1匹は、正直よくわからなかった。
でも、みんな違う。
同じように吠えていても、それぞれ感情が違う気がした。
HANAみたいな笑顔はなかった。
でも私は、その時初めて思った。
この子たちにも、きっと心があるんだ、と。
そう思ったら、なぜかその場から離れられなかった。
そして、ふと思った。
「ああ、だから私は犬が怖かったんだ」
ずっと、
“犬が苦手な自分”
だと思っていた。
でも本当は、
“怖い犬しか知らなかった”
だけだったのかもしれない。
犬が変わったわけじゃない。
昔から、犬はそこにいた。
変わったのは、きっと私の方だった。

実際の猟犬の写真
「犬がハッピーだと、みんなハッピーになる」
私は今、本気で思っている。
「犬を迎えたら、犬の保育園へ行く」
それが日本でも当たり前になったらいいのに、と。
犬がハッピーだと、結局、飼い主もハッピーになる。
そして社会もハッピーになる。
私はHANAと暮らしながら、
“犬を管理する”
のではなく、
“犬という生き物を理解しながら、一緒に生きる”
という感覚を知っていった。
そしてその考え方は、少しずつ、ミレワンのコンセプトにもつながっていった。
“人も、犬も、幸せに生きる”
それは、HANAが教えてくれた、新しい価値観だった。

HANAが毎日食べているごはん

アニマルウェルフェアの考え方から生まれた Family Food®「ミレワン」。
犬の保育園の現場でも使われている、“食べる楽しさ”と“学ぶ楽しさ”をつなぐ総合栄養食です。
次回予告
ロットワイラーとの暮らしは、想像以上だった
――うんち、ヘッドライト、そして“幸せトレーニングフード”が生まれるまで

執筆者
松浦奈津子
Lifestyle with Dogs 編集記者
元地域情報誌編集長。現在は株式会社Archis代表取締役。
長期熟成型ヴィンテージ日本酒「夢雀」、ドッグフード「ミレワン」、犬の保育園「ハッピーランドハレルヤ」を運営。
犬が苦手だったにもかかわらず、ロットワイラーHANAとの暮らしをきっかけに犬の世界へ。アニマルウェルフェアの考え方や、人と犬がともに幸せに暮らすヒントを発信している。