【Lifestyle with Dogs】File6 —— CAPIME coffee 代表・亀谷千晴さん|「素敵な人」には、理由がある。 ミニチュアシュナウザー・ドリイと暮らしながら育まれた、“感性”と生き方。

Lifestyle with Dogs

女王様のような貫禄をただよわせる、
黒のミニチュアシュナウザー「ドリイ」。
その姿も、名前も、空気感も、
どこかCAPIME coffee(カピンコーヒー)らしい。
静かで、凛としていて、
でも、ちゃんと愛嬌がある。
人が集まる空間の中で、
自然にそこにいて、
気づけばみんなに愛されている。
まるで、
CAPIME coffee の“もう一人のスタッフ”のような存在だ。
私は、
初めてその空間に行った時、
“ドリイまで、おしゃれだ…”
と思った(笑)

でも今回、
その穏やかな空気の裏に、
「コラァァァーーー!!!」
(腹の底から、ドスの効いた声で)
を毎日叫びながら、
ノイローゼになりかけていた千晴さんの姿があったことを知る。
今、アニマルウェルフェアを学んでいる私たちからすると、
本当に笑ってしまう。
でも、知らないって、怖い。
犬を飼ったことがない人間は、
経験者に言われたことを、
“それが正解なんだ”
と思ってしまう。
そして、
本気で悩み、
本気で向き合う。
だからこそ、
今の穏やかなドリイとの暮らしが、
より愛おしく見えた。

「こんなおしゃれな人、山口にいるんだ」

山口に、CAPIME coffee というブランドがある。
全国からファンが訪れ、
数々の雑誌にも取り上げられてきた、山口を代表するコーヒーブランドだ。
北欧ヴィンテージ家具。
静かな空気。
美しい器。
感性のある人たちが自然と集まる空間。
ライフスタイル誌『PEN』の表紙にもなった、あの美しい暮らし。
でも私は、ずっと思っていた。

CAPIME coffee の魅力は、
“コーヒー”だけでは説明できない、と。
もちろん、コーヒーは美味しい。
でも、人が惹かれているのは、
あの空気感なのだと思う。
置かれている家具。
器。
展示される服。

Instagramに流れる写真。
暮らし。
言葉。
人との距離感。
全部に、
「この人たちらしさ」
がある。
そして、その中心にいるのが、代表・亀谷千晴さんだ。
もちろん、CAPIME coffee は、ご夫婦で作り上げてきたブランドである。
焙煎を担当するのは、旦那さんの“亀さん”。
千晴さんが作る空気感と、
亀さんが向き合う焙煎。
そのバランスが、
今の CAPIME coffee という唯一無二の世界観につながっているのだと思う。
でも今回は、
CAPIME coffee の話ではない。
私が書きたかったのは、
「亀谷千晴という人物」
の話だった。

「なってぃーに会いたい人がいる」

私と千晴さんの出会いは、
私がまだ20代後半で記者をしていた頃だった。
ある人から、
「なってぃーに会わせたい人がいる」
と言われた。(※当時、私は地域情報誌の記者をしていて、周囲からは「なってぃー」と呼ばれていた)
それが、千晴さんだった。
あとから聞くと、
千晴さんの方から、
「会ってみたい」
と言ってくれていたらしい。
自分から“会いたい”と思うことは、
あまりない。
でも、なぜか気になった、と。
初めて会った時、
私はすぐに思った。
“感覚が近い。”
好きなもの。
空気感。
言葉のテンポ。
なんとなく、
「あ、この人とは長く付き合う気がする」
と思った。

それから、
服のことも、
仕事のことも、
人生のことも、
自然と話すようになった。
私にとって千晴さんは、
“なんでも相談できる人”
だ。
服に迷った時。
アクセサリーを探したい時。
器を選びたい時。
「これどう思う?」
と聞けば、
必ず“今の私”に合うものを教えてくれる。
しかも、その感覚が、
いつも絶妙なのだ。
昔から、
千晴さんがおすすめするものは信頼している。
私のお店のコーヒーも、
全部 CAPIME coffee だ。
20代後半だっただろうか。
「40代になったら、
一緒に海外旅行いきたいね。」
そんな話をして、
二人で山口銀行に定期預金を作ったことがある。
“いつか世界を見に行こう”
そんな約束みたいな口座だった。
でも40代になった時、
私の人生は、思いもしない方向へ動き出した。

パピーの頃のHANAと亀谷千晴さん

突然、
超大型犬のロットワイラー・HANAを迎えることになったのだ。
急いで、
大きな車が必要になった。
その時、
私は思い出した。
“あ、あのお金があった…”
私は千晴さんに電話して、
「ごめん、車の頭金にする(笑)」
と言った。
すると千晴さんは、
「えーーー!うける(笑)」
と、大笑いしていた。
でも、
あの積立があったから、
私はHANAを乗せられる車を買うことができた。
人生って、
本当に不思議だと思う。
20代の頃に思い描いていた未来と、
今の未来は、全然違う。
でも、
あの時一緒に積み立てた時間も、
今こうして犬と暮らしている人生も、
ちゃんとつながっている気がする。
いつかまた、
ちゃんとお金をためて、
一緒に海外旅行へ行きたいと思う。
同じ時代を生きる、
大切な女性経営者の友人として。

「感性の人」に見えて、実は理数系

私は、
千晴さんって、
“感覚の人”
だと思っていた。
でも、
話を聞けば聞くほど、
実はかなり理数系なのだと気づく。
もともと、
とにかく服が大好きだったという。
そして、
お兄さんのことも大好きだった。
お兄さんは、
北欧ヴィンテージ家具など、
インテリアの世界へ進んでいった。
だから千晴さんは、
「お兄ちゃんの家具をおさめる家を、
私が建てたい。」
と思ったらしい。
その想いから、
建築の道へ進んだ。
ただ建物を作るのではなく、
空間。
家具。
色。
暮らし。
全部を“トータル”で考えたかった。

でも大学で、
ある授業との出会いが、
人生を変える。
色彩心理学だった。
「めちゃくちゃ面白いと思った。」
人は、
色や形から、
無意識に印象を受けている。
服も、
ただ着るものではない。
“どういう自分でいたいか”
の表現。
「今日はこう見られたいから、
この服を着る。」
それは、
自己満足ではなく、
“誰かに見てもらう”
という感覚でもあった。
「服って、自己表現なんよね。」
その話を聞きながら、
私は思った。
“あぁ、だから千晴さんのセンスって、
ちゃんと人に届くんだ。”
なんとなくおしゃれ、
ではない。
感覚だけで選んでいる、
わけでもない。
“人がどう感じるか”
を、
ちゃんと考えている。
だから、
空間にも、
服にも、
言葉にも、
あの人らしい“心地よさ”があるのだと思った。

「ブラックな環境ほど、学びが多い」

大学院卒という肩書きが、
必ずしも武器にならなかった時代。
大阪や東京の企業へ進み、
最終面接まで行く。
でも、受からない。
「結婚したら?」
「子どもできたらどうするの?」
今では考えられないけれど、
当時はまだそんな空気が強かった。
その後、
山口の家具店へ就職する。
営業。
接客。
在庫。
売場づくり。
仕入れ。
価格交渉。
全部やる。
「全部ふってくる(笑)」
でも、その環境だったからこそ、
“売れる”を、
感覚ではなく構造として見られるようになった。
しかも以前聞いて、
今でも忘れられない話がある。
「絶対に、一番最初に出社しよった。」
という話だ。
「心配性なんよね(笑)」
と本人は笑っていた。
でも私は、
その話を聞いた時、
“あぁ、この人は信頼できる人だ”
と思った。

「この服好きの私が、3年間、1着も服を買わなかった」

そして、
その家具店で、お客さんとして来店した
亀さんと出会う。
付き合い始めて1年半後。
亀さんが、家庭の事情で何千万という借金を背負うことになった。
実家まで担保に入っていたという。
普通なら、逃げたくなる。
周りの友人たちからも、
「お金の切れ目は縁の切れ目じゃない?」
と、厳しいことを言われたこともあった。
でも、千晴さんは離れなかった。
「そんな簡単に、嫌いになれんかった。」
しかも、
一番すごいと思ったのは、
亀さんが、その苦しい状況の中でも、一度も千晴さんに愚痴を言ったり、当たったりしなかったことだった。
「普通、あたると思うんよ。」
「でも、一回もなかった。」
その姿を見て、
“この人、すごい”
と思ったという。
だから、
「この人と、一緒にやっていこう」
そう覚悟を決めた。

そして、その後。
結婚の話をしに、千晴さんは実家へ向かった。
けれど、お父さんは最初、
「絶対にダメだ」
と強く反対したという。
やっぱり、そうだよね。
そう思いながら、帰りの電車に乗った。
すると――。
電車が動き出した瞬間、
ホームに見送りに来ていたお父さんが、窓越しに、そっと手を上げた。
そして、頭上で“◯”のサイン”をだした。
「最後に、お父さんがマルしてくれたんよ。」
その話をしながら、千晴さんは少し涙ぐんでいた。
私も、思わず涙が出た。
「結婚したら、息子だから。そのつもりでやっていく」とお父さんはいった。
「ちはるは普通に育ってきたらか、飛び込めた世界なんだよ」と。
苦労を知らないから飛び込めた世界―–。
千晴さんはこの時の言葉を鮮明に覚えていた。
そこから始まった、3年間の返済生活。
今では考えられないが、
食費は、1か月15,000円。
かときちの冷凍うどんを食べながら、暮らした。
「ようやったな〜って思う(笑)」
そう言いながら笑う千晴さん。
でも、その生活は、決して簡単なものではなかったと思う。
服も。
化粧品も。
大好きだったものを、全部我慢した。
「この服好きの私が、3年間、1着も服を買わんかったんよ!」
その言葉が、私は忘れられなかった。

しかも、千晴さんは、実家の両親に、
「つらい」
とは、絶対に言わなかったし、言えなかったという。
心配をかけたくなかった。
きっと、そんな思いもあったのだと思う。
でも――。
ご両親は、ちゃんと気づいていた。
四国の実家へ帰省した時、
お父さんとお母さんは、
「高松行こう。」
「松山行こう。」
そう言って、時々、外へ連れ出してくれたという。
そして、ルイ・ヴィトンへ。
「いいカバンを一つ持つだけで、気持ちが豊かになるから。」
お父さんは、そう言って、誕生日にバッグを買ってくれた。
私は、この話が本当に素敵だと思った。
“物”を与えているんじゃない。
“気持ち”を支えている。
言葉にしなくても、
娘がどれだけ頑張っているか、ちゃんと分かっていたのだと思う。
私は、初めて千晴さんのお父さんに会った時、
“うちのお父さんに似ている”
と思った。
千晴さんも、私の父に会った時、同じことを思ったらしい。
いつも外で黙々と庭仕事をしていて、
何でも作れて、頼れば間違いない。
多くを語らないけれど、背中で見せる父親たち。
かっこいいな、と思った。
私は子どもの頃、父のことを、
“スーパーマンみたい”
だと思って育った。
ある冬の日。
スキー場の帰り道で、雪にはまって動けなくなった車がいた。
すると父は、山へ入って木を切り、
車が通れるようにして、知らない人たちを助けていた。
私は、その背中を見ながら、
「お父さんって、かっこいい」
と心から思っていた。
千晴さんも、きっと同じように、父親の背中を見て育ったのだと思う。
だから、
人生の大変な場面でも、逃げなかった。
覚悟を決めて、
隣に立ち続けた。
この年になって改めて感じる。
両親という存在の偉大さを。
そして、言葉にならない愛情の深さを。

「どん底から、生まれたブランド」

今のCAPIME coffeeを見ると、
おしゃれ。
センスがいい。
洗練されている。
そんなイメージを持つ人が多いと思う。
でも今回、
千晴さんは、
その裏側の話を、
本当に正直に話してくれた。
実は、
CAPIME coffee を立ち上げてから長い間、
“苦労話は言わない”
と決めていたという。
12年、13年くらいは、
あえて話さなかった。
最近になって
「好きが高じてやったんですか?」
「何をやっても成功しますよね。」
そんな風に言われることが増えてきた。
でも千晴さんは、
少し笑いながら言った。
「そんな楽しい話ばっかりじゃないよ。」
その言葉が、
すごく印象に残っている。
当時、
二人には何千万という借金があった。
普通なら、
立ち止まりそうな金額だ。
そんな時、亀さんの友人が
「アルバイトを増やして返すより、
何か”業”を興した方がいい。」
といった。

そして、
亀さんが学生時代から趣味で続けていた焙煎を、生業にしようと思った。
「焙煎やってみようと思う。」
そう相談された時も、
「いいんじゃない?」
と、千晴さんは自然と思えた。
しかも、
大きな焙煎機を買う時。
最初は3キロ釜。
もちろん、
数百万円する。
普通なら怖い。
でもその時、
千晴さんは「何千万の借金と変わらんやろ(笑)」と背中を押した。
そして、
「私、定額の給料あるし、食いっぱぐれんやろ。」とも思ったらしい。
その感覚が、
すごい。
でもきっと、
あの頃の二人には、
“絶対に負けない!。”
という、
ものすごい“なにくそ根性”があったのだと思う。
その頃の二人は、
宇部の集合住宅に住んでいた。
3年間、
本当に必死だったという。
少しずつ頭金を積み立てていく。
生活は決して楽ではない。
でも、
少しずつ前へ進んでいた。
そして、
今の家に出会う。
そこへ引っ越したことが、
CAPIME coffee の流れを大きく変えた。
開業は2008年。
まだ、
Yahoo!ショッピングで買い物すること自体、
少しドキドキするような時代だった。
クレジットカードも、
「やっと使い慣れてきましたかね。」
という空気感。
だが千晴さんは、
通販を始めたら絶対に売れる!と思っていた。
でも現実は違った。
「1か月に1件売れただけとか、普通にあった(笑)」
しかも当時は、
まだmixiの時代。
“どうやって知ってもらうか”
その方法すら、
分からなかった。
開業と同時に、
千晴さんは家具店を退社。
でも会社からは、
「アルバイトでもいいから残ってくれ。」
と言われ、
月5〜6万円ほどのアルバイトを続けながら、
なんとか生活をつないでいたという。
そんな中、
今の家へ引っ越し、
通販の住所を変更した途端、
不思議なくらい流れが変わる。
「CAPIME coffee が山口へ移転しました。」
すると、
人が玄関に買いに来るようになった。
「今ありますか?」
と、
突然ピンポンが鳴る。
玄関先で豆を詰める日々。

実はその時、
おばあちゃんが言ったらしい。
「ここ、方角がいい。」
おばあちゃんは、
方位や画数を大切にする人だった。
半信半疑だった。
でも本当に、
住所を変えた途端、
通販が動き始めた。
でも、
家に人が来るようになると、
今度は別の問題も出てくる。
欠品している日もある。
“これはちゃんと店にした方がいいかも。”
そう思い始めた。
今の店舗スペースは、
もともと物置小屋だったという。
しかも、
道路側で入りやすい場所だった。
「あ、ここ改修したら店できるんじゃない?」
でも、
借金はしたくなかった。
だから、
引っ越してから貯めた250万円を現金で使い、
自分たちで改装した。
「あの時代だったから、作れたよね(笑)」
と、
千晴さんは笑う。
でも実は、
千晴さん自身、
最初から“店を持ちたい”と思っていたわけではない。
「お店って、ずっとその場所にいないといけない」
「私たちは、色々と動きたい」
その感覚が、
ずっとあった。
だから最初は、
“CAPIME coffee はブランドであって、店ではない”
と思っていたという。

いろんな場所へ行き、
出張喫茶をする。
作家の個展。
ギャラリー。
イベント。
“その場所でしか飲めない特別なコーヒー”
を作る。
そのスタイルの方が、
新しいと思った。
しかも当時は、
まだ“出張喫茶”という文化自体、
ほとんどなかった時代だった。

そして、
その原点になったのが、
大屋窯・濱中史朗さんとの出会いだった。
「亀さん、コーヒー淹れてみない?」
その一言から、
CAPIME coffee が始まる。
しかも史朗さんは、
亀さん専用のコーヒーカップまで作ってくれた。
“オリジナルじゃん、これこそ!”
その感覚が、二人の心を動かした。

そして、
大屋窯、
ギャラリー、
作家の空間で、
出張喫茶を続けていくうちに、
「あの史朗さんたちが選んだコーヒー」
として、
少しずつ広がっていった。
ギャラリーオーナーがまた呼んでくれる。
そこから、
人につながる。
さらに、
上海へもつながっていく。
CAPIME coffee は、
広告で広がったブランドではない。
“人と人とのつながり”
の中から、
少しずつ育っていったブランドなのだと思う。
そして今、
山口新聞でコラムも書く千晴さんを見ていると、
改めて感じる。
40代後半の女性って、
強い。
若さだけでは乗り切れない。
でもその代わり、
経験がある。
苦労して。
悩んで。
迷って。
それでも、
好きなものを諦めなかった人の強さがある。
だから、
今の千晴さんの言葉には、
深みがある。
今回、
そんな“素の亀谷千晴さん”を見せてもらえたことが、
私は本当に嬉しかった。

「“コラァァァ!!!(怒)”を、毎日やっていた(笑)」

そして今回、
一番笑ったのが、
ドリイの話だった。
今、穏やかなドリイを見ていると、
想像できない。
でも当時の千晴さんは、
本当にノイローゼになりかけていた。
パピーだったドリイはとにかく、噛む。
とにかく噛む。
「かむ、かむ、かむ(笑)」
何でかむの?! と、本も読んだ。
夜な夜な、ずっとネットでも調べた。
でも、
何をしてもダメ。いう通りにいかない。
1歳までは大変と聞いていたが、想像以上だった。
ある日、
犬を飼っている友人に悩みを相談したら、それは
「“コラッ!”の怒り方が弱いからだよ!」と教えてくれた。
次の瞬間。こうよ!
友人「コラァァァ!!!(怒)」(腹の底から、ドスの効いた声で)
「このくらいしないと効かないよ!しかも継続しないとダメ」
なるほど! 経験者がいうのだから間違いない!と、
真面目な性格の千晴さんは、だからいうことをきかなかったのかと、
本気で毎日ドリイに対して、怒ることを続けた。
腹の底から声をだして、うなるように「コラァァァ!!!」
「ドリイ、コラァァ!!!(怒)」
友人は「そうそう、もっとビビらせんとだめ! 続けないとダメだから」と。
経験者のアドバイスを守って
「コラァ(怒)」と毎日言い続けているうちに、
千晴さんは本当にこれでいいのかと疑心暗鬼になっていった。
これだけ毎日毎日怒ってもドリイはいうことをきかない。
怒る。
噛まれる。
また怒る。
負のループが続く。

「寝る時、目がチカチカしよった」
コラァと本気で怒りすぎて、テンションがあがりすぎて、心臓がバクバクして寝られなくなった。
そして、ある日、ドリイをおいて外に出かけた時、
気持ちが”楽”になった瞬間があった。
その時、
「わたしは、人間失格だ」
と思ったという。
耐えられなくなり、ついに四国に住むお母さんに電話して、
号泣した。
そして、お母さんから、何でそんなに泣いているのか、
「正直にいってみなさい」といわれた。
千晴さんは、ついに・・
泣きながら・・・
「犬なんて、飼うんじゃなかった・・・」
ずっとこらえていた、その言葉を、口にした。
するとお母さんは、明るく「明日から山口に行くからね」と言い、
翌日、四国から来てくれたのだ。
「犬なんて、こんなもんよ。」
そう言って、
全部を受け止めてくれた。
お母さんと10日ほど一緒に過ごすうちに、
少しずつ、気持ちが落ち着いていったという。
私は、
この話を聞きながら思った。
どんなに感性があって、
素敵に見える人でも、
ちゃんと悩んで、
泣いて、
迷っている。
だから、
人として魅力があるのだと思う。 
そして、こんな話を正直に話してくれた千晴さん、そして、すべてを受け入れて寄り添ってくれる千晴さんのお母さん!本当に最高です!と心から思った。

「“信じる”ことで、うまくいくことがある」

そんな時、
思い出したのが、
“ドッグトレーナー”
の存在だった。
「そういえば、
史朗さんも、犬の勉強しよるって言ってた」
いいトレーナーがいるよ!と紹介してくれたのは、
萩の大屋窯の濱中史朗さんだった。

千晴さんにとって、
史朗さんは、
信頼している人。
だから、
「その人が紹介するなら、
間違いない」
と思ったという。
私は、
この“信じる力”って、
すごく大事だと思う。
今って、
情報が多すぎる。
ネットを開けば、
犬のしつけだけでも、
いろんな意見がある。
だから、
余計に迷う。
千晴さんも、
当時は完全に“ネット地獄”だったという。
今日はこれ。怒ってみる! 
明日は違う方法。口の中に手をいれてみる!
また違う人の動画。首輪で引っ張る!
今思うと、ドリイからしたら、
「毎日ちがうことされても、何がなんだかわからん(笑)」
状態だったかもしれない。
紹介してもらったトレーナーの先生は、うちまで来てくれた。

そして、一番最初にいわれて、印象に残っている言葉がこれだった。
「犬に学習させようと思う前に、
まずは、あなた自身が”犬”を知ってください。」
その瞬間、はっとさせられ、世界が変わったという。
実は、私も同じだった。
千晴さんから紹介してもらったこのトレーナーの先生(現、犬の保育園ハッピーランドハレルヤ園長)に、「ロットワイラーのHANAをどうやってしつけたらいいですか?」と聞いたら、
「犬のしつけではなくて、飼い主さんのしつけです!」といわれて、衝撃だった。
犬をしつけるんじゃなくて、まずは飼い主である自分が、犬とはどういう生き物かを知ることが大事と言われた時、本当に目からウロコだった。
“どうやったら言うことを聞かせるられるのか”
じゃなく、
“この子は、どうしてほしい?”のか
を見る。
千晴さんも、そのベクトルが、それまで全くなかったという。
自分目線で、犬をどうしつけるかばかり考えていた。犬の気持ちになって考えるという”新しい”考えた方に衝撃を受けたそう。
しかも、
先生はすごく冷静だったらしい。
千晴さんが、弾丸トークで、焦って色々とドリイの話をしても、
先生は落ち着いて、「まずですね。」
と、
ちゃんと整理してくれる。
その姿を見て、
「この人に任せよう」
と確信したという。

トレーナーの先生のレッスンを続けていると、
“頼れる生身の人間がいる”
という安心感が、
ものすごかった。
「ネットじゃない」
「ちゃんと見てくれる人がいる」
「生身の人間!!!」
それが、
心の支えになった。
しかも先生は、
「1歳になると、
おりこうさんの扉が開きます。」
と言った。
千晴さんは真顔で、
「明日がドリイの1歳の誕生日ですが、明日、その扉が開きますか?(笑)」
と聞いたらしい。
すると先生は、
「もうちょっとかかりますね(笑)」と。
さらに、
「2歳の扉もあります。」と。
そのやり取りを聞きながら、
私は取材中、
何度も大笑いした。
でも、
こういう“笑える余裕”が戻ってきたこと自体、
すごく大きかったのだと思う。
しかも先生は、
期待しすぎないことも教えてくれた。
「ドリイが、キューキュー鳴くのが嫌でなおりますか?」と質問すると、
「キューキュー鳴くのが直る子もいるし、直らない子もいます。わんちゃんもそれぞれ違うので、それはもう、期待しないでください!」ときっぱり言われた。
その言葉に、
(信頼している)「先生が言うなら、期待しません(笑)」
と、千晴さんは素直になれたという。
ここ、
すごく千晴さんらしいと思った。
感性の人に見えるけど、
実はかなり理系。
ちゃんと納得したい。
“理論”で理解したい。
でも、
信頼したら、
ちゃんと信じる。
そのバランス感覚が、
すごく素敵だと思った。
そして私は、
この話って、
犬だけじゃないと思った。
コーヒーも。
空間も。
接客も。
全部そう。
“自分がどうしたいか”
じゃなく、
“相手は、どうしてほしいか”
を見る。
だから、
CAPIME coffee の空間って、
居心地がいいのだと思う。

「シュナウザー、めっちゃいいやん」

そんなドリイとの暮らしも、
今ではすっかり落ち着いた。
でも、
最初からシュナウザーに決めていたわけではない。
犬を迎えようと思った時、
かなり調べたという。
条件は、
“毛が抜けにくいこと”
そして、
“匂いが少ないこと”。
そこで残ったのが、
プードルと、シュナウザー。
その二択だった。
でも最後は、
“顔”だったらしい(笑)
「テリア系の顔が好き!」
“かわいい”より、
“かっこいい”が好き。
そこから、
シュナウザーに一気に振り切った。
しかも、
調べれば調べるほど、
「めっちゃいいやん!」
となっていったという。
もともとは、
ねずみ捕りをしていた狩猟犬。
賢い。
従順。
ちゃんと待てる。
しかも、
どこか人っぽい。
「プードルは天才。
シュナウザーは、ほどよくおばかさん(笑)」
この表現、
私はめちゃくちゃ好きだった。
そして実際、
ドリイは本当に従順だったらしい。
「待て」
と言うと、
ずっと待つ。

ごはんの時間、大好きなミレワンを見ながら、
じーっと待つ。
しかも、
こちらが
「よし」
を忘れる時があるという(笑)
すると、
静かだなと思った頃に、
ちらっ。
ちらっ。
と見てくる。
「……いつですか?」
みたいな顔(笑) 
「忘れてたごめん!!」 「よし」というと食べ始める。
その話を聞きながら、
取材中、
私は大笑いしてしまった。
でも、
その姿を想像すると、
なんだかドリイらしくて、
すごく愛おしかった。とっても従順。
しかも今では、
本当に賢くなったらしい。
「前は、まて!で、
ずっと待っとったのに、忘れていると
今は“いつですか?”感がすごい(笑)そして、ミレワンを食べ始めているそうだ。
その空気感が、
なんだか家族っぽくて、
私はすごく好きだった。

「“なってぃーが作ったなら、間違いない”」

ミレワンシニアとミニチュアシュナウザー・ドリイ

実は、
ミレワンができた時、
最初に持って行ったのが、千晴さんだった。
ドリイの食いつきは、
すごく良かった。
そして、
すぐに言ってくれた。
「なってぃーが作ったなら、
間違いないでしょ。」
その言葉、
本当に嬉しかった。
実はドリイ、
これまで本当に様々なフードを試していた。
こだわりの強い夫婦だけに、
“食”への探究心もかなり深い。
「良い」と言われるものは、
とにかく調べる。
そして、
実際に試す。
以前は、
ミニチュアシュナウザー専門のフードも使っていたという。
でも、
涙やけがかなりひどかった。
しかも、
よだれやけも結構あったらしい。
黒いシュナウザーだから、
最初はそこまで目立たない。
でも、
よく見ると、
「あ、また目やに出とる。」
という感じだったという。
だからこそ、
フード選びにはかなり悩んできた。
でも、
ミレワンに変えてから、
ドリイが本当に変わった。

涙やけが減って、
毛もつやつやになった。
「あれ?涙、今日ふいたっけ?っていうくらい、目やにがでなくなった」と、ミレワンを最初にあげはじめた時に言ってくれ、私も感動したのを覚えている。
その変化を、
千晴さんもすごく喜んでくれた。
そして実は、
亀さんもかなりミレワンを気に入ってくれている。
私は、
この二人のお墨付きが、
本当に嬉しかった。
暮らし。
デザイン。
空気感。
“本当にいいもの”
を大切にしている二人だからこそ、
「これはいい。」
と言ってもらえたことが、
すごく自信になった。
しかも千晴さんは、
“フードを食べる”だけじゃなく、
“どう見えるか”
まで見ている。
これ、
すごく千晴さんらしい。
実は、
ミレワンのパッケージカラーを考える時も、
相談していた。

デザインを担当してくれたのは、私の大学時代の同級生でもあり、
フィンランド在住で、世界的に活躍する、元マリメッコデザイナー・大田舞さん。
色見の候補を見せると、
千晴さんはすぐに言った。
「若い子にはこれ。」(ベージュ系をベースにサイドがピンク色)
「シニアは絶対こっち。」(大人っぽいブラウンを基調とした色)
その感覚が、本当に早い。

しかも、
今までたくさんのフードを試してきたからこそ、
“飼い主がどう感じるか”
も、わかっている。
「こんなおしゃれなフードなら、
部屋に置いてても、本当に素敵じゃん!」
その言葉が、
すごく印象的だった。
フードって、
どうしても生活感が出やすい。
でも千晴さんは、
“暮らしの空気”
として見ていた。
しかも最初の撮影の時。
「ちょっと待って。」
そう言って、
奥から出てきたのが、
濱中史朗さんが作った、
萩焼のフードボウルだった。

“ここまでこだわるんだ(笑)”
と思った。
でも、
その器にミレワンを入れた瞬間、
全部がつながった。
“絵になる。”
私は、
その瞬間を今でも覚えている。
しかも千晴さんって、
本当に“いいもの”を見極める力がある。
服もそう。
家具もそう。
器もそう。
フードもそう。
もちろん、
そこには失敗もたくさんある。
「めちゃくちゃ失敗してきた。」
だから今は、
“これは着る”
“これは使う”
が、
瞬時にわかるらしい。
それって、
感覚だけじゃない。
経験なのだと思う。
私は、何でそんなにセンスがいいの?と率直に質問したら
「センスは1日にしてならず!」という名言も飛び出した。
私は、
千晴さんから、
“空気を作る”
ということを、
たくさん教えてもらってきた気がする。
とにかく、
私の人生の道しるべみたいな存在。
困った時に相談できる、大切な“心の友”なのだ。

「ドリイ、ただいま」

今、
10歳になったドリイのことで、ノイローゼになることは、
まったくないという。
転機になったのは、
出産だった。
それまでは、
千晴さんがドリイのことを見ることが多かった。
でも、
赤ちゃんが生まれてから、
亀さんがドリイを見る時間が増えていった。
「お腹から出てきた赤ちゃんに、
1000パーセント愛情がいった(笑)」
すると今度は、
千晴さんが赤ちゃんへ向けるようになった愛情を、
亀さんがドリイへ向けるようになった。
「ドリイ、ただいま〜」
そんなふうに、
毎日自然に接するようになった。

「こんなに人って変わるんだって思った。」
その言葉が、
すごく印象的だった。
今まで、
自分が背負っていたものを、
今度は相手が自然に支えてくれる。
そのバランスが、
少しずつ整っていった。
「私の負担が、ゼロになった。」
そう笑う千晴さんの顔は、
とても穏やかだった。

しかも、
子どもにとっても、
犬のいる環境はすごく良いと言ってくれた。
命が近くにある。
優しさを覚える。
距離感を覚える。
一緒に育つ。
そういう暮らし。
私は、
この話を聞きながら、
“家族って、
役割が流れていくものなんだ”
と思った。
ずっと同じじゃない。
誰かがしんどい時は、
誰かが自然に支える。
それができる関係って、
やっぱり強い。
今では、
あの頃のことを、
「”育犬ノイローゼ”みたいだったね(笑)」
と笑って話せる。
でも、
ドリイも年齢を重ねて、
皮膚の病気が出たり、
心臓の薬を飲んだり。
少しずつ、
“シニア犬との暮らし”
になってきている。
もちろん、ミレワンも、7歳からはミレワンシニアに切り替えて、グルコサミンやコンドロイチンを豊富に含んだ総合栄養食を継続し、ドリイは喜んで食べてくれているという。
シニアになったドリイと、
今の時間を大切にしている家族がとても素敵にうつった。

「私は、“回す”のが好き」

そして、
話は未来へ向かっていく。
昨年末、
千晴さんたちは、実は家のすぐ近くに
駐車場を購入した。
これから、
喫茶店とゲストハウスを作っていく予定だという。
「起業して18年。いよいよ固定となる母体を持ちたい。」
その言葉に、
私は、
“いよいよ来たな”
と思った。
今までの CAPIME coffee は、
とにかく“動く”ことで、
世界を広げてきた。
展示会。
POPUP。
イベント。
空間づくり。
でも、
家を片付けて、
イベントをして、
また戻して。
それは、
想像以上に体力がいる。
18年。
いろんな場所で、
いろんなことをやってきた。
だからこそ、
今度は、
“場”
を持ちたい。

しかも、
そこが千晴さんらしい。
「CAPIME coffee だから、山口に呼べる人たちがいる」
料理家。
作家。
海外のアーティスト。
「2〜3か月に一回、
そういう人を呼べる場所にしたい。」
その言葉を聞きながら、
私は、
“あぁ、
千晴さんって、
やっぱり文化を回してる人なんだ”
と思った。
ただ、
カフェをしたいわけじゃない。
人と人をつなぎたい。
山口に、
新しい風景を作りたい。
「山口の底上げをしたい。」

その言葉には、
千晴さんらしい熱があった。
その話を聞いているだけで、わくわくする!
しかも意外だったのが、
私の本社お披露目会の話だった。
本社の設計士を紹介してもらい、インテリアは千晴さんのお兄さんに任せていた。
お披露目の日、私は千晴さんにも来てもらった。
安倍昭恵さん、山口市の伊藤市長、山口市議会議長、メインバンクの支店長、かかわってくれた業者さんなどが出席し、これまでのうちの会社の歴史や、未来に向けての話で盛り上がった。
「あれを見て、実はわたし、背中を押してもらった感じがある。」
そう言ってくれた。
お互い、
いろんな話をしている。
悩みも。
未来も。
やりたいことも。
だから、
頑張れる。
私は、
その言葉がなんだか嬉しかった。
そして今回、
取材の最後に、
千晴さんが言った言葉が、
すごく印象的だった。
「私、
コーヒーが好きというより、
“回す”のが好きなんだって、
最近気づいた。」
私は、
この言葉、
本当に千晴さんらしいと思った。
人と人をつなぐ。
場を作る。
空気を動かす。
誰かと誰かを、
出会わせる。
そして、
その先で、
みんながハッピーになっている。
「それを動かしてるって思うと、
興奮する(笑)」
その感覚。
私は、
すごくわかる気がした。
ゼロから1を作る人もいる。
でも、
千晴さんは、
“間に立つ人”
なのだと思う。
それぞれの魅力を見つけて、
つないで、
流れを作る。

だから、
CAPIME coffee には、
いろんな人が集まる。
料理家。
作家。
デザイナー。
犬好き。
経営者。
感性のある人たち。
全部、
自然につながっていく。
しかも、
千晴さんって、
“役に立ちたい人”
なのだと思う。
だから、
昔から、
いろんなことを吸収してきた。
「どの方面から相談されても、
話せるようにしたかった。」
その言葉も、
すごく印象的だった。
服。
空間。
犬。
色彩。
接客。
食。
感性。
経営。
全部、
ちゃんと自分の中に入れている。
だから、
何を聞いても、
ちゃんと返ってくる。
しかも、
その答えに、
不思議と説得力がある。
私は、
こういう同世代の存在って、
本当にありがたいと思う。
頑張ってきた時間がある。
苦労してきた時間がある。
それでも、
“好き”
を諦めていない。
だから、
話していて面白い。

編集後記「私は、“人”を取材したかった」

今回、私は、“人”を取材したかった。
改めて、
亀谷千晴さんが、
どんな人生を歩いてきたのか知りたかった。
なぜ、
あんな感性を持っているのか。
なぜ、
人が惹かれるのか。
話を聞いていて思った。
千晴さんは、
“感性だけの人”
じゃない。
経験の人だ。
苦労して。
悩んで。
迷って。
泣いて。
それでも、
“好き”
を諦めなかった人。
だから、
言葉に説得力がある。
そして、
私にとって、
千晴さんは、
人生の道しるべみたいな存在だ。
困った時、
相談できる。
迷った時、
話せる。
そして、
ちゃんと本音で返してくれる。
同じ時代を生きてきた、
大切な心の友なのだ。
そして私は、
これからもきっと、
彼女に相談しながら生きていくのだと思う。
実は、
私がHANAを迎えた時、
真っ先に相談したのも、千晴さんだった。
その時、
千晴さんが教えてくれた。
「めちゃくちゃおすすめのトレーナーいるよ。」
それが、
今、私たちが一緒に犬の保育園
ハッピーランド ハレルヤ」を運営している、藤田園長だった。
今回の取材後、
私は藤田先生に、
「今日、亀谷さん取材しましたよ。先生の話もしてくれていました。」
と伝えた。
すると先生は、
少し懐かしそうに笑いながら言った。
「濱中史朗さんの愛犬・モクレンからの紹介でしたよね。もう10年くらい前かな。」
そして、
「最初に会った日、千晴さんが泣かれていたの、覚えています。」
と。

今の穏やかなドリイを見ていると、
とても信じられない。
でも、
あの頃、千晴さんは本気で悩み、
本気で向き合っていた。
千晴さんは、こんな話もしてくれた。
「ドリイを先生に預けたら、海に連れて行ってくれたり、上海へ仕事で行った時も、先生の家のゴールデンちゃんと一緒に泊まらせてくれて。」
「今、一緒に散歩行ってます、って写真が送られてくるんよ。」
その言葉からも、
“預ける”ではなく、
“一緒に育てる”
という関係性だったことが伝わってきた。
そして今、
千晴さんは笑いながら言う。
「最初は首輪して、すごいドリイのこと、私が引っ張ってたんよ(笑)」
「今思うと、本当にかわいそうなことしてた。」
「ハーネスとかも知らんかったし。」
そして最後に、
ぽつりと言った。
「知識がないって、怖いよね。」
私は、
その言葉に、すごく共感した。
知らないから、
強く引っ張ってしまう。
知らないから、
怒鳴ってしまう。
知らないから、
苦しくなってしまう。
でも、
ちゃんと学べば、
犬との暮らしは変わっていく。

そしてその“きっかけ”をくれるのが、
信頼できるトレーナーであり、
犬の保育園なのだと思う。
HANAもまた、
あの出会いがなければ、
今の暮らしにはなっていなかった。
だから私は、
今回の記事を書きながら、改めて思った。

人と犬をつなぐ人。
人と人をつなぐ人。
文化をつなぐ人。
千晴さんは、
やっぱりそういう人なのだと思う。

松浦奈津子とロットワイラー

Lifestyle with Dogs 編集記者 松浦奈津子

松浦奈津子 プロフィール

山口県岩国市錦町生まれ。
山口県立大学国際文化学部卒業後、メディア業界へ。地域情報誌の編集長を経て、2015年より株式会社Archis代表取締役。
長期熟成型ヴィンテージ日本酒「夢雀」、アニマルウェルフェアの考え方から生まれたFamily Food®「ミレワン」、犬の保育園事業など、“地方から世界へ”をテーマに活動している。
2022年、山口県立大学大学院 国際文化学研究科修士課程修了。
犬が苦手だったが、ロットワイラーHANAとの出会いをきっかけに人生が変化。現在は、超大型犬との暮らしや、犬と人との共生について発信している。
愛犬はロットワイラー・HANA(3歳・女の子)。

現在、ドリイが食べているのは、
シニア犬のための総合栄養食「ミレワンシニア」。
様々なフードを試してきた中で、
ミレワンに変えてから、涙やけが減り、
毛もつやつやになったと、
千晴さん・亀さんご夫婦にも喜んでいただいています。
「なってぃーが作ったなら、間違いない。」
その言葉は、今でも私の励みです。